第3話  JAMSTECへの道 後編

その4  タカイ君、騙されてるんちゃうやろな?

そんな紆余曲折があったボクの博士課程最終年、27歳になったボクは無事博士号を取得した。デート・ケンカ・仲直りを繰り返した女性がボクの妻となった。そして晴れて日本学術振興会のポスドクとして、1997年の4月からプロの研究者としての第1歩を京都大学の研究室でスタートさせることになった。

京都大学でプロの研究者としてキャリアをスタートさせたボクだったけれども、その5月に3つのポスドク研究員の申請書を書いた。一つは日本学術振興会の海外研究員の申請書。一つは理化学研究所の基礎科学特別研究員の申請書。そしてもう一つは、忌まわしき記憶も生々しいJAMSTECを対象にした科学技術振興事業団の科学技術特別研究員の申請書だった。

京都大学での日本学術振興会のポスドクの職が不満だったワケではなかった。研究自体は、うまくいっていて、アメリカの学会で突如思い立った「そうだ、分子生態学的手法による熱水微生物多様性研究をやろう!」を、まずは日本の浅い海の底の熱水活動やイエローストーン国立公園とはいろんな条件が異なる多様な日本の温泉で始めていた。そして、結構シメシメな結果が出始めていた。

しかしその一方で、やっぱり6年間も過ごした同じ研究室にずっといるのはどうかという気がしていた。もう一つ、やっぱり何となく、研究室の先生達に「行き遅れ」的印象を持たれていると少しばかり感じていたんだ。