《5月2日(土)
 日本を離れる夢は今や実現した。横浜の桟橋から離れてゆくたくさんの見送りのテープに実感が初めてわいた。
 小生は中学時代から外国への夢をいだき、地理を非常に好みとしていたのだった。この乗船まで、右や左ところびつつ、きわどく今日に至る経過をたどってきた。苦心さんたんの日々であったが、今日という日を待ちわびて乗船してみると、意外と気持ちはおちついたものだ。》

 中学時代から外国へ行く夢をいだいていた。私は植村から直接そういうことを聞いたことがなかった。いや、子どもの頃から、学科として地理が好きで、外国の地図をよく眺めていた、というたぐいの話はとりとめもなく耳にしていた。しかし、少年時代は誰もが他愛のない夢をもつもの。大人になってからのその人間のたどった軌跡を、少年時代のさだかならぬ夢想に結びつけるのは、たとえば伝記作家がおかしがちな間違いである。私はつねにそう思っている。

 しかし、植村の「外国への夢」は、もう少しリアリティのあるもののようだった。現実的なもの、というより、植村少年の心のなかでしつこく生きのびつづけ、消えようとしなかった強い願望というのがより近いいい方かもしれない。願いは生きつづけて、いつのまにか強くて深いひとつの意志になった。

 でなければ、船上のひととなった最初の日に、「中学時代から外国への夢をいだき……」とは書けるものではない。植村という男にある思いが宿るときの、その強さと深さを、私は日記の初日の一節を見て、改めて思い知ったのだった。

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