第8章 故郷 前編


 植村直己が亡くなった年、1984年の春に、私は初めて植村の郷里を訪ねた。

 兵庫県城崎郡日高町上郷。植村が生まれた頃は国府村上郷で、現在は豊岡市日高町になっている。兵庫県の中央の山地から西へ流れて日本海にそそぐ円山川。川に沿って豊岡市と日高町が少し離れて並んでいて、日高町のほうが山寄りにある。植村の生家がある上郷集落は円山川の右岸に位置する。但馬盆地の一角である。

 植村の父、藤治郎さんがまだご健在で、お会いした瞬間、植村に似ているなあ、植村も年をとったらこういう顔になるんだろうな、と変なことを考えたのを今でも記憶している。なお、植村が末っ子らしく甘えることが多かった母・梅さんは、78年に死去していた。

 この最初の郷里の家訪問では、長兄の修氏ご夫妻にたいへんお世話になり、勧められるままに2階の一室に泊めてもらった。夜になって、こういうものがあります、と修氏が出してくれたのが、植村の1964年の日記だった。この年の5月2日、植村は横浜港から「あるぜんちな丸」に乗ってアメリカに向かった。足かけ5年に及ぶ世界放浪の旅の始まりである。

 その第1日目に、次のような記載があるのを読んで、私は驚いた。

ありし日の植村家。(写真提供:文藝春秋 (c) Bungeishunju)
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