福沢諭吉が勧めた箱根の道普請

2011.12.27
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- JANUARY 2012 -

ナショナル ジオグラフィック協会 写真資料室から

福沢諭吉が勧めた箱根の道普請

 日本庭園の小さな滝の前に、和服姿の女性がたたずむ。100年ほど前、箱根・宮ノ下にある富士屋ホテルで撮影された一枚だ。

 箱根は東京や横浜からほど近く、「湯治」の理由で旅の許しを得やすいことも加わって、開国後の日本を訪れた外国人に早くから知られた景勝地だった。洋行帰りの山口仙之助がこれに注目、宮ノ下にあった老舗の温泉旅館を買い取り、外国人向けのリゾート宿として富士屋ホテルを開業したのは1878(明治11)年のことだった。

 そのころ箱根では幹線道路の開削が進行中。地域の発展には交通の便が重要と説いた福沢諭吉の提言に応え、地元の有志らが資金を出し合い、苦労を重ねながら、小田原から箱根に至る車道を次々と開いていった。人力車や馬車が通れるようになったこの道が、のちの国道1号線となる。標高差864メートルの山道は、箱根駅伝でも屈指の難所。毎年1月、熱い声援を受けてランナーたちが駆け抜ける。

写真: WILLIAM W. CHAPIN

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