万物に質量をもたらしたとみられることから「神の素粒子」とも称される未発見の「ヒッグス粒子」。12月の「発見」報道の渦中にある研究者に、その真相をききます。

12月13日、「神の素粒子」と呼ばれるヒッグス粒子「発見か」との報道が世界中のテレビや新聞を賑わせました。ヒッグス粒子は、物質が質量を持つことに大きくかかわっている素粒子と考えられ、その存在が確かであれば、物質の根源だけでなく宇宙の誕生に一歩近づける重要な発見となります。「まだ見つかったと言える段階ではない」ということでしたが、大きな可能性があるだけに、冬でありながら、世界を熱くしそうです。

今回「兆候が見つかったかもしれない」と発表したのは、スイスにある欧州合同原子核研究所(CERN=セルン)。ここには「LHC」という一周が27キロメートルにもなる円形の大型加速器があり、2008年からこれを使ってヒッグス粒子を見つけるために実験を繰り返してきました。ヒッグス粒子は素粒子としては質量が非常に大きいと考えられています。質量の大きな粒子を発生させるためには、それだけ大きなエネルギーで陽子同士を衝突させなくてはなりません。そのため、これほど大規模な加速器が必要となったのです。またATLAS、CMSなど、衝突で生まれた素粒子を検出する大規模な実験装置4台がLHCの円周上に配置されています。

LHCに参加する日本のグループも、12月13日に東京大学で記者会見し、今回の発表の意義を説明しました。LHCのATLASチームで実験を担当され、弊社書籍『神の素粒子』の監修もしていただいた、東京大学の小林富雄教授に伺いました。

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――新聞などではヒッグス粒子は「98.9%の確かさ」で存在と報道されました。ヒッグス粒子は「発見できた」と考えていいのでしょうか?

小林教授: 私たちは「98.9%の確かさ」程度では、「発見」はおろか「兆候」とすら言えないと考えています。12月13日に東京大学で行った記者会見では、このことを強調したつもりでしたが、一部の報道では違ってしまっています。一般的には「98.9%」はほとんど「確か」と受け取られると思いますが、物理の世界では99.9999%、つまり9が六つ並んだ確率となって初めて「発見」と言えるのです。「確かさ」は統計学的にσ(シグマ、標準偏差※1)で表します。「98.9%の確かさ」はσで言うと「2.3σ」。素粒子研究の世界では3σ(99.7%)で「兆候」、「発見」と言えるのは5σ(99.9999%)が常識となっています※2。ですから、私たちの世界では、まだまだ「発見」とは言えないのです。

※1 統計学で用いられる値のばらつきを示す数値。

※2 正確に言うと、2.3σ(98.9%)は正規分布の片端の値のみで、3σ(99.7%)と5σ(99.9999%)は両端を合わせた値。片端に統一すると、2.3σ(98.9%)、3σ(99.87%)、5σ(99.99997%)となる。

――今回は、陽子と陽子を数百兆回衝突させて、数百回程度、ヒッグス粒子の存在を示す現象が観測されたということですが、どうしてそれほどまれにしか起こらないのでしょうか?

小林教授: 一つの理由はヒッグス粒子の質量が大きいため。もう一つの理由は、ヒッグス粒子の相互作用が小さいために、観測されにくいためです。相互作用が小さいというのは、観測がそれだけ難しいということを示しています。

――LHC(CERNの加速器)では、いくつかの研究チームがあり、今回はATLASとCMSの2つのチームでヒッグス粒子の可能性を示す測定結果を公表されたわけですが、どちらの研究チームも同じ測定結果を得たと言ってよいのでしょうか?

小林教授: はい、その通りです。

――ヒッグス粒子の推定質量は125GeV※3程度ということです。そうだとすると、既に発見されているトップクォーク(170GeV)よりも質量は小さいようです。トップクォークが発見されたのは1995年。15年以上過ぎた今、より質量が小さなヒッグス粒子を見つけるのに時間がかかっているのは、何が原因なのでしょうか?

※3 ギガエレクトロンボルト。素粒子の質量を表す単位。

小林教授: 確かに、一般的には質量が大きい素粒子ほど、加速器内ではできにくくなります。ヒッグス粒子のほうが質量は小さい。しかし、トップクォークとヒッグス粒子は相互作用の大きさが異なります。繰り返しになりますが、加速器内での陽子衝突で素粒子を発生させる場合、トップクォークよりヒッグス粒子のほうができにくいということがその理由です。

――ATLASチームのみなさんは、今回の発表をどう受け止めておられますか?

小林教授: ヒッグス粒子を実際に発見する、あるいはその存在を完全に否定する――いずれにしても2012年中には、そのどちらなのかがはっきりすると考えています。期待が大いに高まっています。

――2012年中ですか! ヒッグス粒子を99.9999%の確率で発見できたとしても、あるいはヒッグス粒子そのものが仮説として間違っていたとしても、いずれにしても素粒子物理学の進歩につながる大きな発見となりますね。今から楽しみです。

ATLAS実験装置の巨大な超伝導磁石。電荷を帯びた素粒子(ミューオン)を追跡するためのもの。CERN提供

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