第3回 ヨコヅナクマムシ登場

 さて、堀川さんは、大学院の博士課程に進む時点で、クマムシを飼育する必要を痛感していた。というのも、従来のクマムシは飼育ができず、実験後「使い捨て」にせざるを得なかったからだ。

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「従来ですと、放射線だとか圧力だとか温度だとかクマムシに何かストレスを与えて、その後、1日後、2日後まで生存したのを確認したら、もう捨てちゃうんですね。飼育ができないから、継続して調べられないんです。正確に生物学的な評価をするためには、飼育をしてどれぐらい寿命が縮むかとか、どれぐらい繁殖能力が落ちるかまで見たい。オニクマムシの飼育系の論文を書いた慶応大学の鈴木さんの研究室を訪れ、飼育環境について色々と見せてもらったりしまして、それを使う前提で放射線耐性の生物学的評価をする研究計画を書いたら、通りまして──」

 というわけで、堀川さんは北海道大学大学院に籍を置いたまま、放射線耐性の研究のために関東に引っ越すことにした。茨城県つくば市の農業生物資源研究所に、幼虫の状態で乾眠できるネムリユスリカという昆虫を研究している研究室があったため、研究者としてはそこに居候させてもらい、群馬県高崎市の原子力研究開発機構の施設で放射線耐性の実験をするという変則的な研究生活が始まった。

 飼育系が確立したという論文の著者は前述した慶応大学の鈴木忠准教授のもので、その概略は、一般書『クマムシ?!─小さな怪物』でも確認出来る。多少の苦労はあれど、今後クマムシはこの方法で飼育可能! と読めてしまう。

 しかし、思わぬ落とし穴が──。