目下のところ、彼の最大の業績は、「ヨコヅナクマムシ」と呼ばれる藻類を食べるクマムシの飼育・繁殖の方法を見いだし、実験に使うことができる単一個体由来の系統YOKOZUNA-1を確立したことだ。それまでは、クマムシの飼育は、極端に飼育に手間がかかったり、そもそも何を食べるか分からなかったり、「困難、あるいは不可能」と見なされていた。それを堀川さんが変えた。また、堀川さんは、ヨコヅナクマムシがクマムシの中でも最も強い耐性をもつ種類であることを実験によって証明したため、がぜん注目が集まった。なお、「ヨコヅナ」の命名は堀川さん自身によるもので、「クマムシの中でも最強だから」というのが理由。

活動中のヨコヅナクマムシ。右側が頭。クマムシのなかでも最強ということで、堀川さんが命名した。(撮影:堀川大樹)(写真クリックで拡大)

 モデル生物として「系統を確立」することの重要性は、少しでも実験系の生物学研究に触れたことがある人なら誰でも知っているだろう。飼育できないといちいち野生から採集してこなければならないし、数を集められない。また、遺伝的なばらつきが多いと実験結果に影響を及ぼすかも知れない。ちなみに、ヨコヅナクマムシを使ったゲノム解析プロジェクトでは、数万匹単位のヨコヅナクマムシを使う。系統が確立されていないと不可能な話だ。

 堀川さんがヨコヅナクマムシと出会い、飼育系の確立、系統の確立に成功したのは、北海道大学の大学院生時代である。

 キャンパスがあった札幌の豊平川のとある橋で偶然採集した新種らしいクマムシが、堀川さんを、NASAでの宇宙生物学研究、そして、現在のパリ第5大学での分子生物学的探求へと誘うことになった。

つづく

堀川大樹(ほりかわ だいき)

1978年、東京生まれ。地球環境科学博士。2001年からクマムシの研究を始める。これまでにヨコヅナクマムシの飼育系を確立し、同生物の極限環境耐性能力を明らかにしてきた。2008年から2010年まで、NASAエイムズ研究センターおよびNASA宇宙生物学研究所にてヨコヅナクマムシを用いた宇宙生物学研究を実施。2011年からはAXA研究財団リサーチフェローとして、パリ第5大学およびフランス国立衛生医学研究所ユニット1001に所属。ブログ「むしブロ+」およびFacebookページを運営。ツイッターアカウントは@horikawad

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫生まれ。作家。98年、小説『夏のロケット』で第15回サントリーミステリー大賞を受賞。少年たちの川をめぐる物語『川の名前』、自身の体験を元にした『PTA再活用論 ──悩ましき現実を超えて』、感染症制圧の10日間を描いた小説『エピデミック』(角川文庫)など、多岐のジャンルにわたり多数の著書がある。近著は学校の「いま」と家族、地域の「在り方」をリアルに描いた長編エンタテインメント『ギャングエイジ』(PHP研究所)。
著者自身によるブログは「リヴァイアさん、日々のわざ」。ツイッターのアカウントは@Rsider

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