山を下りた植村はカトマンズで、ふだん世話になっている日本大使館の松沢氏から、大塚博美氏は登攀隊長ではなくなった、と聞かされた。植村は「卒倒しそうになり、目の前がくらくらと昏(くら)くなった」と書いているが、これは大げさな表現ではない。彼は打ちのめされ、今後どうすべきか、さんざん思い惑うのである。

 明大山岳部の大先輩である大塚氏が、そもそもエベレスト登山隊への参加を誘ってくれたのである。アルバイトで日を送っていた植村をいわば拾いあげて、二度にわたる偵察隊のメンバーとし、高地での越冬もとりはからってくれた。その結果、植村は是が非でもチャンスを摑みとろうという気になった。

 大塚氏降板の知らせを聞いて、植村はまず第一にこのまま隊員にとどまるのは恩義にもとる、と考えた。と同時に、いまエベレストに背を向けて、何をするというあてもない。そこで悶々と思い悩む。

 日記・覚え書にもはっきりそう記述しているわけではないが、大塚氏が来ないとなれば、自分は頂上アタックの要員には選ばれないだろうという予測もあったはずだ。ひとたびは日本エベレスト登山隊という「大きな歯車のひとつ」でもしかたがないと思おうとした。しかし大塚氏が来なければアタック要員の希望が絶たれる。植村の大塚氏への思いの裏側にはそのことがあるのは否定できない。

 けれども、植村の苦悶は1週間で終わった。ネパールの英字新聞に、1月4日東京発として、日本エベレスト登山隊のメンバー発表の記事が掲載された。総隊長松方三郎、登攀隊長大塚博美以下総勢30名、もちろん植村直己の名前もそこにあった。

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