第7章 『青春を山に賭けて』の時代〔その2〕後編

 植村は悪夢から覚めた思いだったに違いない。この吉報を得て、「冷えきっていた私の胸がふたたび意欲でみるみる膨(ふく)らんでいった」(『エベレストを越えて』)と、簡潔にその喜びを書いている。

 70年2月から始まった本隊の登山行動をつぶさに見ても、実力者ぞろいの隊員のなかで、植村が特別扱いされたわけではなかった。それどころか、下働きのような仕事に酷使されているし、植村もそれをいとわなかった。しかし客観的にみて、大塚登攀隊長にとって、植村こそは秘蔵の切り札であったに違いない。

 植村は松浦輝夫氏と共に第一次アタック隊に選ばれ、5月11日9時10分、2人は世界最高峰の頂上に立った。日本人としては初めての快挙だった。

(写真提供:文藝春秋 (c) Bungeishunju)
(写真クリックで拡大)