第7章 『青春を山に賭けて』の時代〔その2〕後編

 植村は第二次偵察隊の行動のとき、8000メートルの試登であっても、なんとか先陣に立ちたかった。そこで、人前で疲れたという態度は見せないこと、高山病の気配があっても平気をよそおうこと、出来るなら自分の力があることを誇示すること、などを戦略として固めていた。隊員たちにそういう心のあり方を見抜かれて、「ジ・アニマル」というアダ名をもらったのではないか。だからこのアダ名には自分の責任がある。「もっと素直になろう、虚心に生きよう」と反省する。

 痛ましいと思えるほどの、28歳の植村の心の動きである。『エベレストを越えて』が書かれたのは82年、41歳のときで、すでに冒険家としての盛名は定まっていた。それでもこのような思考をめぐらせるのだから、アダ名をつけた人びとはどう考えたのかは知らないが、「ジ・アニマル」というアダ名は植村という人間からずっと遠くにあるものだ。

 植村は、さらに記している。自分がもっと素直になろうという気持になったのは、エベレストという山のおかげだ。もう一ついうなら、ペンバ・テンジンのおかみさんのおかげかもしれない、と。

 じっさい、本の記述でも日記・覚え書のなかでも、ペンバ・テンジンの一家をはじめ、シェルパ族の話になると、植村の書き方はのびやかに、柔軟になる。同時に、格別に熱がこもる。