第7章 『青春を山に賭けて』の時代〔その2〕前編


 植村直己は1967年12月、3年間暮らしたフランスのモルジンヌを出発し、68年1月7日、船でアルゼンチンのブエノスアイレスに着いた。南米での二つの行動、最高峰アコンカグアの単独登頂とアマゾン河6000キロのイカダ下りについては、前章でくわしく触れた。

 68年の元旦を南米に向う船の上で迎えて、その日の日記に彼は書いている。

 南米の旅が終わった後、日本に帰る。どのような生活の道を選ぶかはまだ決めてはいないが、「どんな仕事であれ、自分に定職を持つことこそ、真の人間として生きる価値があるように思われる」と。日本に帰った後に、自分の「本当の生活」が始まるのだ、と真剣に決意を記しているのだ。

 しかし、同年10月1日に帰国してみると、定職をもつという決意はそれが自然の法則であるかのように、ごくあっさりとひっくり返る。とても会社勤めをする気にはなれない。金を稼ぐためにアルバイトをするが、その単調な仕事はしだいに耐えられなくなり、「無性になつかしく思い出されるのは、無銭旅行のはずみで敢行したアマゾン河のイカダ下降のことだった」というぐあい。

「よし、こんどはアコンカグアの冬の単独登山と、アマゾン河の河口からボートでさかのぼる旅をやってやろう」

 放浪の日々を楽しく思い出すなかで、そんな計画が頭に浮かぶ。そして、アルバイトで資金を溜め、もう一度日本を飛び出すことを考える。「私は、つねづね自分の中に夢さえあればほかに怖いものはないと思っている」(以上の経緯は『エベレストを越えて』文春文庫からの引用)。