第3話  JAMSTECへの道 後編

その2  ヌルすぎるぞ、オマエら!--反抗期の博士課程

「自分の研究がダサダサかも」と「いやまだまだ切り込む部分がある」という相克する葛藤を振り払うかのように、「激しく実験→生活費を稼ぐためのアルバイト→彼女とデート・ケンカ・仲直り→合間に研究論文執筆→寝る→スタートに戻る」という極めて過酷な青春生活を続けていた。

そして書きためた研究論文が5報近くになり、指導教官の机の上で長らく発酵させた後、賞味期限ぎりぎりで研究雑誌に投稿されるようになった博士課程3年生の夏、ボクの研究生活の大きな転機になった出来事が訪れた。

その出来事とは、アメリカのジョージア州アセンスにあるジョージア大学で行われたThermophiles(好熱菌)’96という国際会議だった。

博士課程3年生の夏と言えば、通常、そろそろ博士論文の全体像が見えてきて、その年度にちゃんと博士号を「ごっつあん」できるのかがだいたいわかるものなのだ。ボクはあるタンパク質の熱安定性についての解析と考察を一通り終えて、研究論文も数は書いていたので、左子先生の「アトはその遺伝子が釣れたらくれてやるわ!」という言質を引き出していた。

というわけで、今までの成果を国際学会で発表しようと思い、Thermophiles’96に行くことにした。