人間と捕食動物は、数千年もの間、互いに恐れと尊敬を抱きながら対峙してきた。こうした対立は今後も続くだろう。私は、モンゴルではユキヒョウに殺されたウマを、ブラジルではジャガーに殺されたウシを調査したことがある。インドで調査したスイギュウはトラに殺された。ある家族がミルクのために飼っていた、たった1頭のスイギュウだった。

 すべての大型ネコ科動物は家畜を殺す。自然の中の獲物が大幅に減ればなおさらだ。こうした家畜の被害に関して何らかの対策をとることは、自然保護において非常に重要である。もっとも、被害の多くは管理の手ぬるさによるものだ。たとえば、インドのウシは世話する人がいないまま、森で草をはんでいる。

 政府や自然保護団体は、こうした損害に対し、被害を受けた家族に補償するべきなのだろうか。良い考えのように思えるが、これまでさまざまな国で行われてきた試みはほぼ失敗に終わっている。継続的に資金を調達することが難しいうえ、不正請求や支払いの延滞などの問題が起きるのだ。

 コミュニティが保険制度を作り、各世帯がお金を出し合って後に生じた損害を補償する方法もあるだろう。観光業がもたらす経済効果は非常に大きい。アフリカでは、ライオンやチーターに多くの観光客が集まる。しかし、保護区の近くにあるコミュニティは、ほとんどその恩恵を受けていない。政府と旅行業者が利益を還元しないからだ。

 もっと効果的な取り組みがあるのではないか? つまり大型ネコ科動物の個体数を保つため、コミュニティにお金を払うのだ。結局のところ、すばらしい科学とすばらしい法律が自然保護につながるわけではないことは、誰もが感じている。コミュニティは、自分たちのもつ知識や技術を提供し、自然保護に直接関わるべきだ。

 近年私は、最も好きな研究よりも、むしろ自然保護に活動の焦点を合わせてきた。そして、教育者、外交官、社会人類学者、そして博物学者を組み合わせた人物、つまり知識と行動をバランスよく両立させた“生態学の伝道者”になろうと努めてきた。