植村はブラジルからアメリカへ飛び、マイアミを経由して、最初に日本から来て働いたカリフォルニアの農場にもぐりこんだのである。そこでイミグレーションに見つからぬようにこっそりと、特別に働かせてもらって300ドル稼いだ。日本に帰るための金ではない。

 北米最高峰であるアラスカのマッキンリー山(6191メートル)に単独で登るためである。しかし、アメリカ合衆国のガードは堅かった。4人以下の登山は禁止という国立公園法にはねつけられて、ついに許可は下りなかった。どうすることもできない。植村は、アラスカ東部のサンフォード山(4952メートル)に登頂した後、10月1日に帰国した。

 東京で生活資金を稼ぐアルバイトに追われながら、さて今後どうしようか、かつて日記に書いたように、地道に社会生活を送れるか、と思い悩んでいるとき、日本山岳会のエベレスト遠征隊に参加しないかという誘いが植村に来た。

この章〔その2〕につづく

※山の標高等のデータは『青春を山に賭けて』(文春文庫)刊行時のものを尊重しました。

湯川豊(ゆかわ ゆたか)

評論家、エッセイスト。1938年新潟生まれ。慶応大学卒業後、文藝春秋に入社。『文學界』編集長、同社取締役などを経て、2009年より京都造形芸術大学教授。『イワナの夏』『夜明けの森、夕暮れの谷』(共にちくま文庫)、『終わりのない旅 星野道夫インタヴュー』(スイッチパブリッシング)などがある。2010年『須賀敦子を読む』(新潮社)で読売文学賞受賞。


本文ではグリーンランドからアメリカにいたる極北の先住民を「エスキモー」と表記しています。この言葉は一概に差別的とされているわけではないものの、一部登場するカナダの先住民は現在、「イヌイット」という呼称を使うように主張しています。しかしながら、本文では植村直己氏が、自らの探検でかかわった極北の先住民一般に対し愛着をこめて「エスキモー」と呼んでいることを尊重し、その呼称を用い、著者の表記もそれに準じています。
(Webナショジオ編集部)

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