第6章 『青春を山に賭けて』の時代〔その1〕後編


 1967年12月22日、植村はバルセロナ港からスペイン船キャボサンロック号に乗りこんだ。向うのはアルゼンチンのブエノスアイレスである。

 日記・覚え書の新年1月1日の欄に、次のように書きつけた(『青春を山に賭けて』(文春文庫)でその内容を整理して紹介しているが、そっちのほうを引用する。残っている手帳には鉛筆でさらに詳細に書き連ねてある)。

《この最後の旅が終わった後、オレは日本でどのような生活の道を選ぶか。これこそわが生涯を決める大きな年だ。今のオレにこれといって自分に自信を持って働ける能力はなく、日本帰国を前にした今、自分の進路に堅固な意志さえ持っていない。南米の旅を終えた後のオレの生活こそ本当の生活だ。アコンカグアがいかに苦しい登攀になろうと、単独登攀が冒険であろうと、それはわが人生の一つの遊びにすぎないのだ。どんな仕事であれ、自分に定職を持つことこそ、真の人間として生きる価値があるように思われる。自分のやっている、何かわからない放浪の生活と登山は、自分の職業ではない。オレの山行は主義があって登っているのではなく、心の勇んだときに登るだけだと思われる。》

 放浪の旅をつづけている26、7歳の若者としては、驚くほど厳格な考察であり自己観察である。