第2回 「オオサンショウウオって何年生きるの?」

 平成19年(2007年)には地元朝来市市川の下流で河川改修工事が行われることになった。例によってオオサンショウウオを一時保護することになり、その際に学校プールに川の水をポンプアップした保護プールを作る予算が下りた。これも連なる「ラッキー」のひとつだ。

手前がビオトープ。奥が保護プール。(写真クリックで拡大)

 前述の通り各種の展示も整い、50名まで参加出来る夏期の夜間観察会は毎回満員の大盛況だ。校庭の隅に元からあるバーベキュー施設を活用したスペシャルイベント「アフリカ料理を食べて夜のハンザキを見よう!」も定着した(姫路のアフリカレストランからシェフが出張して料理を振る舞ってくれる。もちろんオオサンショウウオを食べるわけではない。念のため)。

 話を伺っていると、実に賑やかで、充実している。栃本さんによれば、当初思い描いた青写真はすでにだいたいのところ実現したそうだ。

 では、「研究所」としての研究はどうだろう。

 37年前の調査開始から、日本ハンザキ研究所開設をへて現在にいたる間、どれだけオオサンショウウオのことが分かってきたのか見てみよう。

 

つづく

栃本武良(とちもと たけよし)

1941年、東京都生まれ。NPO法人日本ハンザキ研究所所長。東京水産大学卒業後、生物科の教諭を経て、姫路市立水族館建設準備室着任。 昭和50年よりオオサンショウウオの生態調査を始める。 平成6年から姫路市立水族館長を11年間務め、退職後、日本ハンザキ研究所を設立。『大山椒魚』(解説、ビブロス)、『生物による環境調査事典』(編著、東京書籍)、『環境保全学の理論と実践3』(共著、信山社サイテック)、『これからの両生類学』(共著、裳華房)などの著書がある。
日本ハンザキ研究所のホームページhttp://www.hanzaki.net/

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫生まれ。作家。98年、小説『夏のロケット』で第15回サントリーミステリー大賞を受賞。少年たちの川をめぐる物語『川の名前』、自身の体験を元にした『PTA再活用論 ──悩ましき現実を超えて』、感染症制圧の10日間を描いた小説『エピデミック』(角川文庫)など、多岐のジャンルにわたり多数の著書がある。近著は学校の「いま」と家族、地域の「在り方」をリアルに描いた長編エンタテインメント『ギャングエイジ』(PHP研究所)。
著者自身によるブログは「リヴァイアさん、日々のわざ」。ツイッターのアカウントは@Rsider