第2回 「オオサンショウウオって何年生きるの?」

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「平成2年(1990年)なんですが、当時の建設省が今までの直線的な河川工事では、川の自然が台無しになるから、自然型の河川工事を工夫しろというふうに方針転換したわけです。ちょうどその年に兵庫県養父市の建屋川で災害があって、翌年から4年かけて川一本丸々改修したんですね。そのときにオオサンショウウオ230頭、一時、養魚場に保護して後で戻す仕事をしました。平成16年(2004年)に豊岡市の出石川で堤防が崩れて工事をすることになって、その時は413頭保護したんですね」

 行政としても、特別天然記念物のオオサンショウウオを、そこにいると分かっていて無視することはできない。河川工事の際に、オオサンショウウオに詳しく、かつ、市立水族館の飼育員(のちに館長)である栃本さんに相談するのは自然だったのだろう。一方、栃本さんは、やはりこの朝来市生野町の市川に通っており、実地での観察を続けていた。

 実は栃本さんは、車を運転しない。だから、調査道具などを持って移動するのに苦労していた。そこで、平成17年(2005年)、川沿いにたたずむ元小中学校に調査道具を置かせてもらおうと、地元教育委員会に掛け合い承諾を得た。職員に案内してもらったところ、現在のハンザキ研究所の青写真が、たちどころに思い浮かんだ、とか。