第6章 『青春を山に賭けて』の時代〔その1〕前編

 では、登山や冒険で名をあげて、それでプロとして食っていこうとしているのか、というと、その意識はほとんどない。帰国して、せいぜいフランス語を生かして、社会人として平凡にやってゆきたいと書いたことがウソであるとは思えない。ウソを書く必要はないからだ。

 世間に認められたいという気持と、社会人としてやっていくのだという気持、二つの矛盾した気持が同居している。それが世界放浪時代の植村だった。その矛盾は矛盾のままに、彼のなかに強固に、けっして薄れることなくありつづけたのは、山に登りたい、冒険をしたいという願望であった。

 時として「これぐらいやらなければ、誰も認めてくれない」という叫びになったりすることはあっても、実際は、認められようが認められなかろうが、行動をしたい! という欲求が何にも増して先行しているのである。

 その願望を実現させるために、節約に節約を重ね、ストイックなまでの日常生活に耐える。海外放浪の足かけ4年、植村直己はほぼそのようなやり方で日々を過した。すべてを自分の責任で、ひとりでやりぬくということが、そういう日々のなかで身についていった。

後編につづく

※山の標高等のデータは『青春を山に賭けて』(文春文庫)刊行時のものを尊重しました。

湯川豊(ゆかわ ゆたか)

評論家、エッセイスト。1938年新潟生まれ。慶応大学卒業後、文藝春秋に入社。『文學界』編集長、同社取締役などを経て、2009年より京都造形芸術大学教授。『イワナの夏』『夜明けの森、夕暮れの谷』(共にちくま文庫)、『終わりのない旅 星野道夫インタヴュー』(スイッチパブリッシング)などがある。2010年『須賀敦子を読む』(新潮社)で読売文学賞受賞。


本文ではグリーンランドからアメリカにいたる極北の先住民を「エスキモー」と表記しています。この言葉は一概に差別的とされているわけではないものの、一部登場するカナダの先住民は現在、「イヌイット」という呼称を使うように主張しています。しかしながら、本文では植村直己氏が、自らの探検でかかわった極北の先住民一般に対し愛着をこめて「エスキモー」と呼んでいることを尊重し、その呼称を用い、著者の表記もそれに準じています。
(Webナショジオ編集部)