第6章 『青春を山に賭けて』の時代〔その1〕前編

 1964年5月、明大を卒業した植村はアメリカ行きの移民船に乗りこんだ。1000日に及ぶ海外放浪時代の始まりである。

 64年10月、フランスに渡って、待望のアルプスの氷河を自分の目で見た。しかし、モンブラン(4807メートル、ヨーロッパ第一の高峰)の単独登頂を試みるが失敗。その後、モルジンヌのスキー場にようやく就職することができた。植村はヨーロッパに拠点を得たのである。

「日本にない氷河をこの目で見よう」という当初の目標をかなえるため、アメリカを去りフランスに向かった。(写真提供:文藝春秋 (c) Bungeishunju)(写真クリックで拡大)

 ところが就職した直後に、明治大学山岳部からヒマラヤ遠征隊に参加しないかと誘いが来る。「ヒマラヤへのあこがれ絶ちがたく」と植村は書いているが、スキー場経営者のジャン・ビュアルネの了解をとりつけて、植村はヒマラヤに飛んだ。