私はこの手紙を受けとると、ただちに毎日新聞、NETの担当者と集まって、大あわてで送金の手はずを整えた。この一万二千キロの旅では、植村への送金がとどこおったりして、彼を不安がらせてしまったことが何度かあった。

 一度に費用の全額を携行するのは、紛失とかいろんな理由から得策ではないということで、何度かに分けて彼が受け取ることができる場所に送金することになっていたのだったが、その手はずが整わず、遅れることがあったのである。

 それはともかくとして、この手紙、せっかく目的地に達しているのに、どことなく元気がない。橇と犬たちを海水に落とすという事故があったせいか、チューレ地域に到着した植村はなぜか濃い憂うつに襲われた、と本では語られている。その気分が、手紙にもどことなく反映していたのだろうか。

 もう一通の手紙。76年2月2日の日付。カナダの北極海沿岸の町、パウラトックから発信されている。

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