第5章 現地から届いた手紙 後編

(承前)
 その前に北極圏一万二千キロの犬橇旅行の行程をごく大まかに辿っておこう。

エスキモーの集落に立ち寄ったときは手紙のやりとりが可能だった。(写真提供:文藝春秋 (c) Bungeishunju)(写真クリックで拡大)

 1974年12月20日、グリーンランド西海岸のヤコブスハウンを出発。12頭のエスキモー犬が植村と装備を載せた橇をひいた。犬橇は北上し、翌75年2月26日、米軍の基地があるチューレ(ドンデシ)に到着。そこから近くにあるシオラパルクまで北上し、なじみ深いこの最北の村に滞在してカナダに渡る準備を整えた。

 3月27日、シオラパルクを出発。氷のはったスミス海峡を渡って、カナダの最初の部落グレイスフィヨルドまで、1200キロの無人地帯を行く。4月15日、グレイスフィヨルドに到着。数日滞在。

 6月12日夜、次の目標地であるケンブリッジベイに到着。ケンブリッジベイは人口約850人のちょっとした町で、飛行場もある。この町から100キロ南東に位置するアンダーソンベイの、オホッカヌア老夫婦の家に寄留して越夏。

 12月15日、ケンブリッジベイを出発。新しく編成した13頭の犬が犬橇をひき、旅の後半が始まる。2月24日、タクトヤクトック到着。ここから、カナダとアメリカ(アラスカ)の国境は近い。

 3月7日、タクトヤクトック出発。3月21日、アラスカに入る。3月25日、アラスカ最初の村カクトビックに到着。以後、ポイントバロー、ポイントホープを経て、5月8日、最終目的地のコツビューに到着。一万二千キロの単独犬橇旅行が終了した。

 さて、紹介する最初の手紙は、75年2月26日、チューレ基地で投函されたものである。この大冒険行の最初の苦闘がまざまざと報告されている。