アイスマンの等身大の復元模型。年齢は40代半ばから後半だが、その体は当時の暮らしの厳しさをうかがわせる。オランダ人アーティストのケニス兄弟が、骨格の3D画像や解剖の結果を基に製作した。(Robert Clark/National Geographic)
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――植物考古学者の立場から見て、まだ答えの出ていない重要な謎は残されていますか?

 はい。特に重要なのは、アイスマンのすべての食事にワラビの葉の裏にできる胞子嚢(ほうしのう)が含まれていたことです。

――その植物は毒があるのでは?

 いいえ、発がん性がありますが、食用の植物です。米国の先住民や日本人はワラビの新芽をアスパラガスのようにして食べます。それにワラビは以前から包装材に使われてきました。特に最近では、オーガニックチーズの包装材として人気があります。  ワラビの胞子嚢は、私たちがアイスマンの胃腸などから採取した六つの残留物のサンプルに含まれていました。いずれも非常に大きなもので、ワラビから直接摂取したとしか考えられません。

――そこから何がわかりますか?

 ワラビの胞子嚢は食事の一部で、何らかの飲み物と一緒に口にした可能性が高いということです。私たちは最新の調査から、アイスマンはワラビのエキスを飲んでいたか、あるいはワラビの葉でミルクやその他の飲み物をこして飲んでいたと推測しています。アイスマンが食べたチーズやヨーグルトなどの乳製品にワラビの胞子や胞子嚢が含まれているのに、葉の痕跡が見つからないのは、そのせいかもしれません。私はこの点から、アイスマンの乳糖不耐症と胃の中の脂肪酸の研究に強い関心を持っています。

――つまり、「アイスマンの謎」は、まだまだ解明できないと……。

 アイスマンを詳しく調べれば調べるほど、たくさんの謎が出てきます。当然だと思います。私たちはまだ、自分たちの調査や研究の本当の意味を知らないからです。新石器時代のアルプス地方に暮らしていた人々のサンプルとして、アイスマンはどれぐらい重要な存在なのか、その答えはまだ出ていません。

――サンプルがアイスマン一人だけで、ほかに比較対象がないことが問題なのですか?

 もちろん、別のアイスマンや「アイスウーマン」が見つかればうれしいです。そうなれば、個体差について多くのことがわかりますからね。特に、当時の女性を研究するチャンスがあれば、大きな成果が期待できます。性別による違いがどのぐらいあるのか確かめることができるだけでなく、当時の人々の社会構造を知る手掛かりにもなります。この点についてはさまざまな仮説が提起されているので……。

――例えば?

 一部には、新石器時代は男性の家父長を中心とする父権制社会だったという説があります。一方で、当時は母権制社会だったのではないかという説もあります。今は父権制社会説の立場から、「アイスマンは特別な社会的地位を持つ偉大な部族長だった」と主張する人々が世間の興味を引いています。  しかしその場合、女性たちはどうだったのでしょうか? 残念ながら、この疑問に答えることはできません。この種のミイラの数が足りないからです。おそらくアイスマンのようなミイラが見つかることは今後もないでしょう。

――アイスマン時代の遺物がもっと見つかれば、一人の研究者としてこれ以上ない喜びを感じるのでは?

 まさに夢が実現するようなものです。特定の時代の遺物が数多く見つかることの喜びは、研究者なら誰でも知っています。そうなれば、信頼性の高い統計に基づいて仮説を立てられますから。

おわり

【プロフィール】
クラウス・エッグル(Klaus Oeggl)
オーストリア・インスブルック大学教授。専攻は花粉学、植物考古学。現在はアイスマン時代の環境と社会が最も力を入れている研究テーマで、「アイスマンは常に新しい驚きを与えてくれます」と語る。

【日本版編集部から】
解剖で得られた最新データによると、アイスマンは死の直前に脂っこい、こってりした食事をとっていたようです。「追手の襲撃を警戒しながら逃げていたのでは」という、これまでの見方を大きく覆す展開となった5300年前のミステリー、ますます目が離せません。

→ 詳しくはナショナル ジオグラフィック日本版2011年11月号「アイスマンを解凍せよ」をお読みください。