――アイスマンはただの山の羊飼いだったのか、それとも谷間の部族の族長だったのか、食事の面から判断できますか?

 いいえ。当時の食習慣についての現在の知識では、そこまではわかりません。現代なら料理の本にざっと目を通すだけで、安く作れる低所得者向けのレシピもあれば、お金持ち向けのレシピもあることがわかりますよね。でも残念ながら、新石器時代の料理本は見つかっていません。だから当時の食事にどれぐらいのバラエティーがあったのかは、よくわからないんです。私には、アイスマンは社会的地位の高い人間だったと断定することはできません。

――アイスマンはミルクを消化できない乳糖不耐症(にゅうとうふたいしょう)だったとも言われています。家畜を飼って暮らしているのにミルクやチーズが駄目、というのは不思議な気がするのですが……。

 もちろん、これはとても興味深い話です。スイスの湖畔にあった当時の定住集落では、そこで見つかった食べ物の残留物を調べた結果、乳製品が消費されていたことがわかっています。一方、アルプスの山岳地帯でも同様だったかどうかは確認できていません。今はまだ調査研究プロジェクトを立ち上げて、この問題に取り組んでいる段階です。それでも乳糖不耐症だったからといって、チーズを食べられないとは限りません。熟成したチーズは、乳糖をほとんど含んでいませんから。

アイスマンの靴。甲はシカ皮、底にはクマ皮、内側には保温のための干し草が使われていた。(Robert Clark/National Geographic)
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――アイスマンと同じ時代に生きた人々は、狩猟採集民だったのか農民だったのか、どちらの可能性が大きいですか?

 当時は多様な生活様式を持つ人々が互いに交流していたと考えるのが自然です。それでも、アイスマンが農耕牧畜社会の一員だったことは、まちがいありません。つまり、土地を耕し、家畜を飼う定住型の農民でした。

――そこからどんな結論が導き出せますか?

 アイスマンと一緒に、オオムギとヒトツブコムギが見つかりました。この二つの穀物は、最も初期の農業の主要作物です。それにアイスマンは、ヤギ、羊、牛の皮でできた衣服を身につけていました。つい最近、谷間の下のほうのラーチェス地域で発見された集落遺跡でも、羊やヤギ、最初期の穀物の存在を示す遺物が出土しています。ただし、アイスマンではヒトツブコムギが多く見つかったのに対し、ラーチェスの集落ではフタツブコムギの割合が圧倒的でした。このような穀物の種類の違いは、北イタリアのほかの場所でも確認されています。