アルプスの氷河から見つかった「アイスマン」は、氷河で冷凍状態のまま自然にミイラ化した、5300年前の男性だ。このアイスマンを解凍し、専門家たちのチームで徹底的に解剖するプロジェクトが2010年11月に敢行された(詳細はナショナル ジオグラフィック日本版2011年11月号「アイスマンを解凍せよ」)。現在解析中の膨大なデータの中から、アイスマンの最後の食事をめぐる最新情報を、インスブルック大学の植物考古学者クラウス・エッグル教授(→プロフィールはこちら)に聞いた。
(インタビュー=アーウィン・ブルナー)

――エッグル教授、アイスマンが矢で射られて命を落とす直前に食べた食事について教えてください。

 アイスマンの胃から見つかったのは肉と脂肪分、それにさまざまな種類の植物の組織、特に果物の皮と種の殻です。さらにさまざまな種類の花粉も発見されました。花粉には重要な研究の手掛かりが含まれています。  私の考えでは、アイスマンは人生の最後に、それ以前の数回の食事と同じものを食べています。まず、肉。おそらくある種のパンと一緒に食べたようです。これは穀物の残留物が見つかったことから推定できます。穀類以外の野菜やレタスのような植物も食べていました。

――最後の食事だけでなく、その前の食事の中身もわかるのですか?

 以前に行った検査で、腸内にあった糜粥(びじゅく:消化されてかゆ状になった食物)が少なくとも3回の食事で摂取したものであることがわかっています。アイスマンはおおむねバランスの取れた食事を、バラエティー豊かな食材から摂取していました。1回目の食事ではアイベックス(野生のヤギの仲間)、2回目はシカ、そして最後の食事はまたアイベックスという具合です。  特に興味深いのは、シカ肉からウジの残骸が見つかったことです。ウジがわいていたのだから、この肉は新鮮な生肉ではなかったということになります。

――つまり、アイスマンは食料を持ち歩いていた?

 そう考えていいでしょう。ただし、1992年にアイスマンが発見された現場では、炭化したアイベックスの骨が一緒に見つかっています。

――アイスマンが「最後の食事」のステーキを焼いた可能性もあるのでしょうか……。

 火を使ったことを示す具体的な証拠は見つかっていません。それでも、アイスマンがその場で新鮮な食事を調理した可能性を否定する材料もありません。問題なのは、どうやってアイベックスを狩ったかです。アイスマンはまともな弓を持っていませんでした。

――アイスマン解剖後の報告書には、脂肪分の多い豊かな食事のことが書かれています。通常、野生動物の肉だけではそんな食事にはなりません。脂肪分はミルクやチーズだったのでは?

 興味深い質問ですが、私には答えられません。アイスマンが生きていた当時、ヨーロッパの人々はすでにミルクとチーズの製造技術を持っていました。しかし、アルプスのチロル地方でどうだったかは不明です。

――アイスマンの死から5300年たった今でも、胃や腸の内容物から多くのことが推定できるのですね。

 アイスマンは「ウェットミイラ」、つまり脱水処理されていないミイラで、遺体の保存状態がとても良好でした。そのため胃と腸を詳しく調べることで、生前の暮らしぶりをかなり正確に再現できます。もちろん、遺体が完全に冷凍されていなかったり、脱水処理を施してミイラ化されていたら、不可能だったでしょう。  数回の食事の痕跡を発見できたのは本当にすごいことです。おかげで新石器時代の人類の食習慣を極めて正確に理解できます。アイスマンの発見当初は、かなり疑わしい見解もありましたが。

――具体的にはどういうことですか?

 例えば同位体分析を根拠に、アイスマンは完全な菜食主義者だったという説が出されました。しかし、そんなことはありえません。もしそうなら、動物の皮でできた服を着ているのはおかしいでしょう?   もちろん、アイスマンは菜食主義者ではありません。MRI(磁気共鳴画像装置)検査の結果、アイマスンが胆石持ちだったことが今では判明しています。これはかなりの長期間、肉を食べていた証拠です。  私は植物考古学者の一人として、自分たちの学問のやり方で多くの事実を明らかにできたことを誇りに思います。