講演をしたのは日本人の女性の大学院生でした。
 モンゴル語の堪能な彼女は、ツァータンと呼ばれるトナカイ遊牧民の生活を追った、テレビのドキュメンタリー番組の通訳として初めて現地に入り、その後も修士論文のフィールドワークのために、何度もタイガの奥地へ通い続けたのだそうです。

 ぼくはその番組を見ていたし、自然とともに生きる伝統的な人々の暮らしに、以前から興味をもっていたので、彼女の体験報告会が南青山で開かれるのを知って、楽しみに聞きにいったのです。

 彼女は長期間、ツァータンの人々と一緒に暮らすなかで親交を深め、まるで家族のようにとても仲良くなったそうです。
 そして、番組の制作が終わり、帰国してからずいぶん日にちが過ぎた後、ふたたび友人たちに会いたくなって、日本から出かけていったのだそうです。

 しかし、ツァータンは遊牧民。草や地衣類を食べながら自由に動き回るトナカイを追って暮らしています。定住する村もなく、電話も郵便も届きません。だから、事前に会いにいくことを知らせる手段はありませんでした。

 ところが、彼女が何日もかけて、ようやくツァータンの居住域に近い、小さな集落に着いたときのことです。
 なんと、ツァータンの友人たちが、彼女が来るのをみんなで待っていたというのです。そこまでやってくるのには、かなりの距離を馬に乗ってこなければならないというのに。

「ああ、やっときた、さあ一緒にいこう」と、何事もなかったかのように帰り始めるツァータンの人々。その姿を前に、彼女はさっぱり訳が分かりません。
「どうして自分が来ることが分かったの?」と聞いて、返って来た答えにさらに驚かされました。

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