欄外に、1969年12月26日と日付が記されている。律儀できちょう面な植村が文面から伝わってくる。エベレストもネパールも、今よりずっと遠かった。はるか彼方の世界から植村の声が届けられたような思いをもった。

 それにしても、海外から送られてきた年末年始の挨拶状が多い。年賀の挨拶が間に合わないようなときは、年始という感じのハガキが届いた。年賀状を欠かさない律儀な男であると同時に、正月に日本にいない(あるいはいたがらない)男なのだった。

 ハガキをもう1枚。70年9月5日の日付でアンカレッジから。この年の5月、植村はエベレストの頂上に立った。帰国した後、何かに追われるようにしてアラスカに向かった。北米最高峰のマッキンリーに単独で登るためである。成功した後のハガキである。

《お蔭様で5大陸の最後の山、マッキンリーの単独登山に成功し無事下山することが出来ました。登山には8月中旬より末まで2週間、前半悪天になやまされたですが意外に簡単に登頂することが出来ました。9月5日、これからアンカレッジよりNew Yorkに出ます。少し南極の件で調べものをして、9月中旬帰国の予定です。又、宜しくお願い致します。9/5 アンカレッジにて 》

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