「書くことが死ぬほどきらい」な植村は、じつに筆まめな男だった。なぜ彼が「死ぬほどきらい」を口癖のようにいったのかは、別の機会に考えてみることにするが、この章では植村が現地から届けてくれた手紙のいくつかを紹介してみたい。行動しているときの植村の息づかいを感じとっていただきたいと思うからである。

 72年からのグリーンランド滞在は、エスキモーと共同生活をし、犬橇の操縦法を自分のものにすることにあった。73年の2月に、その成果をためすべく、犬橇で3000キロの旅をする。滞在しているシオラパルクから西海岸に沿って南下し、ウパナビックまで。さらにそこからシオラパルクまでひき返すという、単独での犬橇旅行だ。

 このグリーンランド滞在の記録である『極北に駆ける』(文春文庫)の末尾近くに、次のような一節がある。

 目的地のウパナビックに着いたら、郵便局に行って手紙を書こうと思っていたが、帰りのことを思うと30分でももったいない。だから橇の上で便箋を取り出し、6通ばかり手紙を書いた。マイナス33度のなか、橇のうえで手紙を書くなど、めったに体験できることではない云々。

 その6通のうちの1通が、次に掲げる私宛の手紙だった。

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