第5章 現地から届いた手紙 前編

 植村の南極単独横断について、私は初めて具体的に相談をもちかけられたのは彼が帰国した後、9月の末頃だった(そのことについては、「第一章 始まりと終わり」で既に書いた)。しかし、このハガキを見るかぎり、エベレストから帰ってきてから、彼は「南極の件」を漠然とではあるが示唆的に話題にしていたようである。ただ、まだ具体的な冒険のスケジュールまでにはなっていなかった。

 年賀状とかちょっとした連絡のハガキ以外に、私は連続して手紙をもらったのは、一万二千キロの旅のときであった。この冒険行は、文藝春秋、毎日新聞、NET(テレビ朝日の前身)の3社が後援したのだったが、各社の担当が手づくり感覚で植村を支援したという感じが強かった。植村の冒険じたいも、規模が雄大なわりには、手づくりのような感じがあった。だから、旅先から私宛に、報告やら事務連絡やらの長い手紙が送られてきたのだろう。

 そのときの手紙を2通、時間順に紹介する。

後編につづく

(付記 植村直己からの私宛の手紙の掲載については、著作権継承者である植村公子夫人の許諾を得ている。公子さんの寛容に御礼を申し上げたい。)

湯川豊(ゆかわ ゆたか)

評論家、エッセイスト。1938年新潟生まれ。慶応大学卒業後、文藝春秋に入社。『文學界』編集長、同社取締役などを経て、2009年より京都造形芸術大学教授。『イワナの夏』『夜明けの森、夕暮れの谷』(共にちくま文庫)、『終わりのない旅 星野道夫インタヴュー』(スイッチパブリッシング)などがある。2010年『須賀敦子を読む』(新潮社)で読売文学賞受賞。


本文ではグリーンランドからアメリカにいたる極北の先住民を「エスキモー」と表記しています。この言葉は一概に差別的とされているわけではないものの、一部登場するカナダの先住民は現在、「イヌイット」という呼称を使うように主張しています。しかしながら、本文では植村直己氏が、自らの探検でかかわった極北の先住民一般に対し愛着をこめて「エスキモー」と呼んでいることを尊重し、その呼称を用い、著者の表記もそれに準じています。
(Webナショジオ編集部)