第5章 現地から届いた手紙 前編

 私は手紙を読んで、植村らしい気の早さだけれど、そうはいくまい、と考えた。米軍基地の許可が下りるかどうかという難題がある。それに3月末から7月のグリーンランド滞在で訓練が予定通りいくかどうか、皆目見当がつかない。とにかく、もっと時間がかかるし、かける必要がある、と思った。

 グリーンランドに11カ月いて、植村自身が身をもって「時間がかかる」ことを知った。またそれ以上に、北極圏の氷雪の世界に興味をもち、冒険心をそそられた。南極単独横断の夢は心のなかでいよいよ強くなるいっぽうで、彼の行動そのものは大きく迂回することになるのである。それが74年の年末から始まる北極圏一万二千キロの旅になった。

 その前、73年7月に植村はグリーンランドから帰国。下宿近くのトンカツ屋で野崎公子に出会い、翌年5月、公子さんと結婚。彼にとっては新しい人生の始まりでもあった。その間、あれこれと思いをめぐらした後で、一万二千キロの犬橇旅行に出発した。

「じつに筆まめな男」の植村は、犬橇をあやつる間も手紙を書いたという。
(写真提供:文藝春秋 (c) Bungeishunju)
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