第5章 現地から届いた手紙 前編
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植村直己は、「書くことは死ぬほどきらいだ」といいつづけた。会った当初はともかくとして、1972年から73年のグリーンランド滞在あたりから、この植村の口癖のようなセリフは額面通りには受けとれないと、私は考えるようになった。彼が帰国してから、ほぼ11カ月分の精密な滞在日記を見せられて、書くことがほんとうにきらいならばこうはいかないだろうと思ったのである。
それから冒険行が重なるにつれて、彼の書くことへの執念をまざまざと見ることになった。どんなときでも、彼は日記をつけつづけた。と同時に、1972~3年のグリーンランド滞在、74年末からの『北極圏一万二千キロ』(文春文庫)の旅などでは、きびしい冒険行のなかで寸暇を見つけて手紙をくれた。