第1回 ナショジオ=「米国地理学雑誌」?

 まずは前者については、非常に明解な回答があった。

「1888年、米国地理学協会、つまり、ナショナル ジオグラフィック協会というのができて、それで創刊された雑誌ですよね。初期のナショジオっていうのは、ほんとにその名のとおり地理学の論文がガンガン出ていたんですよ」

 堀さんが示してくれたのは、ナショジオ本誌の最初の2年分が合本にされたものだ。

 たしかに、今、ナショジオと聞いて想像する「グラフィック」な、つまり高品質な写真はなく(当時はまだ写真が手軽に掲載できる時代ではなかった)、文字がびっしりと連なっていた。後のナショジオとつながる「紀行文」的な文章もあるようだが、挿絵から想像するにまだしっかり調べられていない土地への探検・探査的な要素が強く、地理学的と思える。

「我々、地理学者の間では有名なウィリアム・モーリス・デービスというハーバード大学教授が、初期のナショジオを主な論文の発表場所にしていました。それと、当時、まだよく分かっていなかったアメリカの自然地理のアトラス(地図帳)をつくる計画があったんですね。遅々として進んでなかったのを、ナショジオができたのだから、そこで準備をしようと──」

ハーバード大学の地理学の教授だったウィリアム・モーリス・デービス(ケース内写真の人物)について解説する堀信行さん。初期のナショジオには地理学の論文が多数掲載されていた。
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 なるほど、地理学雑誌は、やはり地理学雑誌として始まったのだ。

 では、いつから現在のナショジオのように「なんでもあり」になったのだろう。