第2章 1888-1900 ゆりかごの時代

第14回 虫の知らせ

『ナショナル ジオグラフィック』誌の実質的なトップである編集局長となり、ヨーロッパで新婚旅行を楽しんでいたギルバート・グロブナー。理事会では満場一致の支援を受け、もはや執行委員会とのゴタゴタもスッキリ解決と安心していたその隙をねらって、ワシントンではジョン・ハイドが最後の反撃にうって出ていました。

 ジョン・ハイドをはじめとする執行委員会のグロブナーに対する冷遇は、いちど理事会に覆されたにもかかわらず、グラハム・ベルはハイドの提案に反対しませんでした。

 なぜでしょうか。

 カギはやはりサミュエル・S・マクルーアでした。

 第11回で紹介したように、マクルーアは当時もっとも勢いのある雑誌編集者のひとりでした。そもそも執行委員会はマクルーアを担ぎだして、雑誌のあり方を大きく変えようとしていたこともすでに述べたとおりです。まだ編集長にいた立場でそのコネクションを活用し、ジョン・ハイドはなりふり構わずマクルーアのアドバイスを実行しはじめたのです。