植村は、イヌートソアについて、次のように見るべき点はしっかりと見ているのである。

《イヌートソアは若い頃、政府機関につとめたり、極地をおとずれる遠征隊のガイドとして働いたことのある、シオラパルクきっての教養人である。それだけに、白人から受ける有形無形の人種差別を肌で感じていたようだ。》(同前)

 そのように書き、イヌートソアの話を紹介している。

「白人はわれわれをだます。わしは遠征隊に何度も加わったことがあるが、地理もぜんぜんわからず、たった五頭の犬橇さえまっすぐに走らせることもできないのに、白人は威張ってばかりいるんだ」。

 そんなことをいうイヌートソアの眼鏡にかなったのが、植村なのである。植村がエスキモーに対してまったく偏見をもっていないばかりか、エスキモーに学ぶ姿勢でいることをイヌートソアは見抜いていた。

 エスキモーの人びとに学ぶ、その社会に溶け込むということで、植村直己ほど徹底したものはきわめて少ないはずだ。そうではあるけれど、エスキモーの社会で植村がどうしてもなじめなかったこともなくはなかった。

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