第4章 先住民に学ぶ 後編

 そんなこともあって、イヌートソアとはすっかり親しくなり、イヌートソアの昔話を聞くのが楽しくなっていた。また、日が経つにつれて甘える気持さえもつようになった。

 そんなある日、イヌートソアが突然、「養子にならないか」ともちかけてきた。植村は何よりも驚く。日本で養子になるというのは大変なことだ。しかし、エスキモーの社会では養子になるのはわりと日常的なこと。私生児も当り前のようにたくさんいるし、誰が誰の子ということの意味がうすいのである。

 イヌートソアの話を聞き、植村はこの老夫婦の養子になることを承諾する。儀式はごく簡単だった。3人が両手を出し、重ね合わせる。それだけである。終わって、お茶を飲み、クジラの生肉をかじった。どこに届け出をする必要もない。しかし、村長の養子になったことで、植村はこのエスキモーの村により強く溶け込むことができた。

《しかし私は満足だった。これでシオラパルクでの極地訓練が、よりスムーズにゆくだろうといううれしさよりも、まず人間同士のあたたかい肌にふれたような気持で、私は最高に幸せだった。私はそれ以後、イヌートソアを「アダダ」(お父さん)、ナトックを「アナナ」(お母さん)と呼んだ。》(同前、「エスキモーとの狩猟生活」)