第4章 先住民に学ぶ 後編

 まさに天才的な適応力といいたくなる。そういう適応は誰もができるものではないことを思えば、適応力は植村の力の源泉といってもいいだろう。「私は自分の身体ながら、その適応能力に感心してしまった」と感想を書きつけているが、彼にとっては誇らしいことであっただろう。

 食べ物の摂取のつぎは、出すこと、つまり排泄のモンダイがある。

 エスキモーの家、といっても植村が行った頃のシオラパルクでは、大方は部屋が一つしかない。そして、入口近くにバケツが1個置いてあり、それが大小便のための便器だった。男も女も、人目をはばからずそこで用を足す。植村は最初は生肉のせいで家に異臭がこもっていると思ったのだが、じつは糞尿の臭いだったわけだ。

 この排泄習慣になれるのは、生肉食よりも時間がかかったようだ。しかし厳寒期に外で用を足すのは実際上きわめてつらいということもあって、いつのまにかなれていったようである。