ただし、先住民に頼る、という植村のやり方は、このグリーンランド行が初めてではない。先の引用の少し後に、彼は話を続けている。

《現地の人には、その風土に生きる知恵がおのずとあるわけだから、そこで自分が何かやろうと思ったら、少しでも自分をそこに順化させていくというのは、当然ですね。
 これは極地ばかりじゃなく、アマゾンなどでも同じですね。アマゾン河を筏で下ったのは、金がないから舟なんか買えず、それで筏でということもあったんですが、筏でやれるんじゃないかと思ったのは、原住民が筏を使ってアマゾン河を通行していたからです。彼らはそうやってそこに住んでいる。オレだってそこに住めないわけじゃないだろう、という単純な発想が生まれてくる。彼らと同じようにやることができればいいはずだ、という気持ちになってくる。》(同前)

 彼らと同じようにやることができればいいはずだ。これを単純な発想だと植村は謙そんしていうけれど、ここにはじつは深い考えがこもっている。冒険の対象とする場所(地域)に人が生きている以上、彼らの生き方に学ぶことが方法としてベストであるという考え方は、少しでもそこに住む人びとに対する差別感覚があっては成り立たない。

 植村は、アマゾンの先住民にも、ネパールのシェルパ族にも、極地のエスキモーにも、自分と同じ人間という、ごく当り前の感情をもちつづけた。それが彼の人間を見る目だった。エスキモーのサバイバル技術には深い敬意をいだく一方で、ダメな相手に対しては、困った奴という思いをちゃんともつことができた。そこがすごい。

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