第2回 キングウイリアム島――地図のない世界

キングウイリアム島でのキャンプ。地面は平らで海との境目は分からない
(撮影:角幡唯介)

 フランクリンの男たちが向かっていたキングウイリアム島は、正確な地図がない世界だった。それはイコール明日が約束されていない場所だった。彼らはどこに行けば生き残って故郷に戻ることができるのか、自分たちでもよく分からないまま、手さぐりで凍てつく荒野を前進した。目の前には文字通り未知ゆえの暗黒の世界が広がっており、そこに足を踏み入れる行為は、言葉のもっとも正しい意味で勇敢だった。もしその先で前進が不可能となった場合、旅は行き詰り、それは取りも直さず生命がかなり深刻な事態に陥ることを意味していた。

 北西航路の時代の探検家が、私たちよりもはるかに素晴らしい旅、レベルの高い冒険をしていたと断言できるのは、彼らが地図のない、明日の分からない世界を旅していたからだ。地図と明日のある現代の私たちは、それがどのような行為であったのか、想像することすらできなくなってしまった。

 地図に代表されるサイエンスとテクノロジーの進歩がもたらした様々な結果は、旅をスマートなものにしたが、同時に人間の想像力と能力の範囲を縮小させ、全体的に旅を貧困なものに変えた。旅人は、冒険家は、そして人間は、この164年間でずいぶんとその可能性を小さくさせたのだ。

 明日がわかっている人間の行為と明日がわかっていない人間の行為との間の断絶は、途方もなく深い。だから私は彼らを尊敬する。そしていつか地図のない世界を旅するのが、私の夢でもある。

角幡唯介(かくはた ゆうすけ)

角幡唯介(かくはた ゆうすけ)

1976年北海道出身。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年、チベット、ヤル・ツアンポー川峡谷の未踏査部探検を題材にした『空白の五マイル』で、第8回開高健ノンフィクション賞、11年、第42回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞。最新刊は『雪男は向こうからやって来た』(集英社)。2011年3月から7月にかけて、ジョン・フランクリンが探検し、行方を絶った北西航路を踏査した。