第2回 キングウイリアム島――地図のない世界

 もちろん私たちには、アメリカの人工衛星をもとに作られた正確な地図と、ボタンを数回押したら地球上のどの座標軸にいるのかを数メートル以内の誤差で知らせてくれるGPSがあったので、自分たちの目の前の地平線に棚引き始めた黒い影が、キングウイリアム島であることは、船舶表示塔を見つける前から分かっていた。当たり前の話だが、出発前する前からキングウイリアム島がカナダのどこにあり、レゾリュートベイから何度の方向に向かって何キロ歩けば現れるか、ということも分かっていた。

 だが、今から164年前にキングウイリアム島に上陸し、全員が死亡したジョン・フランクリンを隊長とする探検隊のメンバーにとって、それは当たり前のことではなかった。彼らは自分たちがたどり着いたこの平坦な島の地理について、詳しいことをほとんど何も知らなかった。キングウイリアム島が島であることすら知らなかったのだ。

初めてキングウイリアム島に到達したジェームズ・クラーク・ロス(1800~1862)
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 イヌイットをのぞいて、キングウイリアム島に初めてやって来た人間として記録に残るのは、19世紀のヴィクトリア朝イギリスを代表する極地探検家ジェームズ・クラーク(J・C)・ロスだった。彼は1829年から1833年における北西航路探検で、命からがら生還して英雄となった、あのジョン・ロスの隊に参加していた。ジョン・ロスの甥である彼は、すでに何度も北極遠征の経験があり、この時点で隊長である叔父を極地探検の実績で上回っていた。そしてこの時も史上初めて北磁極を発見するなど目覚ましい活躍をし、キングウイリアム島にも到達したのだ。