第2話  JAMSTECへの道 前編

その4  アメリカ留学「ケンはなかなか面白いアイデアを持っている」

そう興奮して話すジム・ホールデンを見て、ボクは言葉では皮肉ってみたが、本心では少し、日本の科学技術が、そしてJAMSTECの科学技術が誇らしく思えた。ボクの留学中は、日本の円が世界の通貨の王様だった時代だ。アメリカでは、日本経済に対する脅威論を煽るような風潮が多かった。
しかし、ジム・ホールデンのような若者は、どちらかというと「日本って、技術力の高い、経済的に裕福な国だよね。1年ぐらい高給で働いてみたい」的なノリを示すことが多かったと思う。

ボクの出身研究室はバカにしたくせに、JAMSTECには「スゲー、スゲー」って素直に感服するジム・ホールデン。ニューヨーク・タイムズの記者を、そしてある意味アメリカという国をビビらせたJAMSTECの研究設備や環境、そしてその知名度。
ボクのなかで、いつもの「クソー、JAMSTECなんかに負けてたまるか!」という思いと、「将来JAMSTECで研究したい・・・かも」という思いが初めて交錯したような気がした。

アメリカ留学中にいろんな所で、そして深海熱水研究の世界の中心であったワシントン大学海洋学部で耳にしたJAMSTECの評判は国内とは全く違っていた。
まだ日本ですら、何者でさえもなかったボクには、世界的にネームバリューがあり、スゴク高く評価されているJAMSTECがすごくキラキラと眩しく、羨ましく見えた。まるで、高級ブランドの服を身にまとっているだけで、高級な人間に見えると思うように、JAMSTECというブランドをまとって自分を飾ってみたいという気持ちが少しあったのかもしれない。

しかしボクには得も言われぬ自信があった。ほぼ1年間の留学生活を終えるに当たって、まるでグラスに注いだビールが溢れるように、日本に帰ったらやってみたい研究のアイデアや実験が頭から溢れそうだった。