第1回 ランカスター海峡――神話となった北西航路探検

 彼ら探検家はなぜ氷と雪とシロクマ以外に特段見るべきもののない北極という舞台に、こうまで病的にとり憑かれたのか。

 北西航路を発見した時に得られる経済的な見返りが、彼らを無謀な行動に駆り立てたのだろうか。確かに初期の北西航路探検は、中国との貿易を望む商人がそのスポンサーとなっており、都合のいい話を持ってくる山師みたいな探検家に惜しみなく資金を援助していた。それが理由だったのだろうか。政府が掲げた5千ポンドもの高額な懸賞金が動機だったのだろうか。あるいは北西航路発見に伴う地理的な名誉や、政治的な出世や、社会的な栄達などが彼らを氷の迷宮に向かわせたのだろうか。

 19世紀のロスやパリーやフランクリンの探検は海軍そのものが主体となった、まぎれもない国家事業であり、そこからはナイトに叙せられた何人ものヒーローが飛び出した。しかしそんなことが、探検家が探検をする理由になるのだろうか。

 北西航路の歴史が語るのは、確かに一面ではそうした人間の欲得の物語でもあるが、しかし私たちが心を揺さぶられるのは、そこに人間としての根源を示す何かを感じるからであろう。

 仲間に見捨てられたハドソンは、凍える寒さの中、一体どんな最期を迎えたのか。船を待っていたナイト隊の生き残りは、何を思い毎日、水平線を眺めていたのだろう。キングウイリアム島でばたばたと斃死していったフランクリン隊の生き残りは、最後にどこに向かい、何を見つめたのか。

 一見常軌を逸した彼ら探検家たちの行動は、私たちに恐怖に近い、近寄りがたい印象を植えつける。しかし同時にひとりの人間として譲れない一線を頑なに守り、蛮勇な行為の中に高潔な意思を示したその姿勢に、どこか感動も覚えるのだ。