第1回 ランカスター海峡――神話となった北西航路探検

 ランカスター海峡でクロッカー山を誤認したジョン・ロスは、海軍の探検から外された後、醸造業者の経済的な支援を受けて、1829年に再び北西航路の探検に向かった。越冬中に氷に閉ざされたロスは、そこで船を捨て、装備を持てるだけ持ってボートを引いて歩き出した。探検中に3人の仲間が死んだ。そして出発から4年後、ついにランカスター海峡で捕鯨船に助けられ生還した。北極探検史に残る過酷な脱出劇を演じて見せたロスは今度こそ英雄となり、そしてロス卿となった。

ジョン・ロスは二度目の航海でランカスター海峡を越えた。(クリックで拡大)
(地図:平凡社地図出版)

 議会で北西航路の発見には何か公共の利益が伴うのかと問われたロスは、次のように答えたという。「まったく何の役にも立たないと、私は信じています」

 彼は自分を苦しめた北極の氷海について次のように書いているのだ。

「どんなに豊かな想像力をもってしても、これほどの無変化から記述を生み出すことは難しい。何も動かないし、何も変化しない。あらゆるものが永遠に同じで、陰気で、寒くて、静寂のままである」

 もしかしたらロスは知っていたのかもしれない。探検家たちは北西航路に、そこに何もないのに魅せられてきたのではなく、そこに何もないからこそ魅せられてきたのだということを。

つづく

角幡唯介(かくはた ゆうすけ)

角幡唯介(かくはた ゆうすけ)

1976年北海道出身。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年、チベット、ヤル・ツアンポー川峡谷の未踏査部探検を題材にした『空白の五マイル』で、第8回開高健ノンフィクション賞、11年、第42回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞。最新刊は『雪男は向こうからやって来た』(集英社)。2011年3月から7月にかけて、ジョン・フランクリンが探検し、行方を絶った北西航路を踏査した。