第2話  JAMSTECへの道 前編

その3  国際ワークショップで撃沈

当時のボクは、研究者としてはカール・シュッテッターの方が遙かに格上だと思っていた。確かに「微生物学者」、いや「微生物ハンター」として、カール・シュッテッターを超える微生物学者はいないと今でも思っている。それぐらいカール・シュッテッターの微生物ハンティングの仕事はすごいのだ。ボクの微生物ハンティングなんて、カール・シュッテッターの食べ残しをあさっているようなモノでしかない。

しかし今のボクには、ジョン・バロスの凄さが、時間が経てば経つほどにジワジワハッキリクッキリ心に浸みわたってきているのだ。それは、彼の研究室に留学していた時にも全く分かっていなかったことで、ボクが後年、「地球生物学」とか「宇宙生物学」とか、既存の研究領域の境界を切り開こうと一生懸命もがいて、何となく我が進むべき道のようなモノが見えた!と思ったとき、既にその場所に、若き情熱溢れたジョン・バロスの足跡がいっぱい残されていたことに初めて気づいた時からだった。

それともう一つ、22歳のチョー生意気なボクが痛烈に感じたことがあった。それを書くのはすごく憚られるのだけれども、22歳の若者の偽らざる瑞々しい印象として、ボクは感じたんだ。

「JAMSTECの、そして日本の研究者の研究レベル、、、低っ!」と。勿論、当時日本では、そしてJAMSTECでも、極限環境微生物学の始祖の一人と言われる掘越弘毅先生が率いる「深海微生物研究」が始まったばかりであった状況だったので当然と言えば当然かもしれない。

しかし、ボクがワークショップを見聞きした感じでは、掘越弘毅先生や大島泰郎先生といった大物は独特のオーラがあって誇らしく感じたのだが、その他の研究者の発表はボクでも考えつきそうな、あるいはボクでもできそうな研究の話ばかりだった。超好熱菌の微生物学的な研究に限って言えば、ハッキリとボクの研究の方が上だと思った。