第3章 冒険家の食欲 前編


 植村直己が物を食べている写真のなかで、特に忘れられないものが2枚ある。

 1枚は、『植村直己と山で一泊』(小学館文庫)の巻頭にあるもので、植村が山菜の天ぷらをまさに口に入れようとしている。別に変わったシーンではないけれど、1983年5月8日、信州は千曲川の最上流部でキャンプをしたときの写真である。春の山で山菜をとり、天ぷらにして食べながら、彼の話を聞いた。これは雑誌「ビーパル」のためのインタビューだったが、私はインタビュアーの役目をつとめ、その晩は植村と同じテントで寝た。同じテントで寝たのは、たった1度の体験である。

『植村直己と山で一泊』(小学館文庫)より。(画像クリックで拡大) (写真提供:森本栄一
(c) Morimito Eiichi)

 その日は午後に山に着き、植村と私、それにビーパルのスタッフ一同で山菜をとった。夜、山菜の天ぷらをあげ、焚火でイワナを焼き、最後にステーキまで焼いた。植村は見ていて気持がいいほど、御馳走をつぎつぎに平らげた。

 もちろん彼は、「うまい、うまい」と声をあげて美味を楽しんではいたが、その食べぶりを見ていると、美食を喜んでいるというより、すべてのものをていねいに噛みながら、滋養を体のなかに入れているという感じが強かった。私は冒険家の食欲、冒険家の食べ方を目の当たりにしている気がして、深く印象に残った。その一夕の食事を思いださせてくれるのが、先に挙げた1枚の写真なのである。