第2章 1888-1900 ゆりかごの時代

第6回 ギルバート・ハビー・グロブナー

 1899年の4月1日、グラハム・ベル会長の肝いりでギルバート・ハビー・グロブナーは『ナショナル ジオグラフィック』で初の常勤職員になりました。

 しかし、最初から順風満帆だったわけではありません。彼が完全に足場をかためるのにかかった時間は約2年。今回から数回にわたり、『ナショナル ジオグラフィック』の未来を決めたこの”運命の2年間”について書いてみたいと思います。ちょっとばかりだらだらと続くかもしれませんが、ぜひお付き合いください。

 ということで、まずはギルバート・H・グロブナーという若者の紹介から始めましょう。

 彼の父親はエドウィン・A・グロブナーという有名な歴史学者でした。エドウィンは20年以上もコンスタンティノープル(イスタンブール)の大学で教授を務め、ギルバートはその間にトルコで生まれ育ちました。

 子守りはアルメニア人の女性。家に食品を配達したのはクルド人。クラスメートはアルバニア人、ブルガリア人、ギリシャ人等々、子どもの頃の環境がギルバートの地理のセンスを磨くのに役立ったといわれています。

1920年代に撮影された仕事中のギルバート・ハビー・グロブナー。その後、50年以上にわたり編集長を務めた彼はナショナル ジオグラフィック協会ではじめての常勤職員だった。(c)Gilbert H. Grosvenor(写真クリックで拡大)