といった訳で、この子馬たちにとっては、突然現れた人間は、「エイリアン(地球外生命)」のようなもので、近づこうとすると、「近寄るな!」、触ろうとすると、「触るな!」と怒る。

 子育て中に母馬が、「我が子よ、あの人たちは、いい人たちなのよ」と、教えてくれれば話は早いのだけれど、そんなことなど期待できるわけもなく、時期がきたら、人間の方から、

「はい、私が人間です。怪しい者ではありません」と、説明しなければならない。

 まあ、生まれてすぐに見たものを親と認識してしまう“刷込み”という学習形態を持つヒヨコのように、子馬たちが、出産直後に人間の姿を見て、「自分も人間なんだ」と思い込んで、対等な立場を主張されるよりもマシなのだけれど、それにしても、子馬たちの態度は、「あんたたち、なんなの?」と、ちょっと怯えながらも反抗的である。

 それもそのはずである。子馬たちにしてみれば、私など、どこの馬の骨とも分からない変な生き物であるし、何のために、狭い馬房に入れられるのかも分かっていないのだから。

 では、あらためまして、私の自己紹介並びに、この牧場の営業コンセプトを説明することにいたしましょう。

 まず私は、人間という種であります……当たり前か。でもそれが肝心なのである。

 生まれは~、柴又~、……ではありません。

 一応、肉食動物に属しておりまして、牛丼と豚のしょうが焼き定食が大好きでありますが、子馬たちのことを食べようなどとは、到底、考えておりません!

 信じてください!

 では、人間は、何を期待しているのかと申しますと……、
 子馬たちが将来、優秀な競走馬になって、賞金をがっぽがっぽとは言いませんが、まあまあ稼いでくれることなのです。

 と言っても、走るのが苦手な子もいます。そういう場合は、次なる進路相談をさせていただいておりまして、ここニュージーランドでは、ポロ競技用の馬という道があります。

 ポロは、紀元前数百年前にペルシャから始まり、イギリスからの入植者によって伝えられたと言われている馬に乗って行うホッケーのような騎乗球技でありますが、これもまあ、狭いフィールドの中で人間が長いスティックを振り回すものだから、それが嫌いな馬もいます。

 その場合は、乗馬用の馬ですね。これが最も一般的なオプションですが、どんな道に進もうとも、人に仕える馬として頑張って生きていけば、美味しいご飯を食べさせてもらえるし、老後ものんびり過ごすことができます。言ってみれば、人間社会と同じなのです。

 けれど、非常に厳しい現実もあることを、お伝えしておかなければなりません。

 もしも、頑張ることをやめてしまったり、悪態をついて人間に嫌われてしまったりすれば、行き先は、一つです。

 それはやはり、食肉工場。

 ニュージーランド人は、馬肉を食べる習慣はありませんが、その代わりに、ドッグフード工場が、いつも手招きをしているのです。

 そんなことは、何がなんでも避けなければなりません!

 だから、こっちとしても、必死に育てるのだ。

「ついてらっしゃい!」

つづく
※次ページは「主な登場動(人)物」です。

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