第10話 ついてらっしゃい! 子馬の調教開始

 閉じ込めていた子馬たちを野に放すのと同時に、しつけも始まることになる。晴れて、調教開始というわけだ。

 はじめに行われるのは、調教の中でも最も大切な、馴致(じゅんち・スクーリング)という過程である。

 いわゆる、幼稚園や小学校の初等教育のようなもので、人間と一緒に生きていくための基本である。

 例えば、ホルターを付けて、リードロープに引かれながら人間と一緒に歩くことや、人が近くに寄っても、驚いて蹴らないこと、などである。

 言ってみれば、小学生の子供たちが足並をそろえて行進の練習をしたり、「授業中は騒いだり、ケンカしたりしては、いけませんよ」と、いうようなことである。

 この時期、一番大切なのは、絶対に叩いたり、蹴ったりという体罰はしないこと。そして、愛情をたっぷりと与えてあげることである。

 人間も、幼少期にどんな経験をして、どんなことを覚えたかが、人格の形成やその後の人生に大きく影響する。

 馬もまた同じで、この多感な時期における経験やしつけで失敗すると、人間嫌いの、人間を馬鹿にした馬になってしまう。そうなれば、誰からも愛されない、寂しい馬生を送らなければならない。

 だから私としては、どこに行っても人から愛される馬になってほしいと願っているのだ。

 しかしながらニーナときたら、耳を下げて、「この、人間め~」という顔をしているし、シンコーなどは、さわる度にキンチョーして、皮膚をピクピクさせている。

 なぜこの子たちが、これほど人間に慣れていないのかというと、この牧場では、子馬を親から離すまで、一切人間が関わらないようにして、放牧地で放ったらかしにしているからである。

 要するに、親子が一緒にいる間は、人間が水をさすようなことはしない。

 例えば、テレビや映画などで、人間が足を引っ張り出して出産させるシーンがよくあるが、ニュージーランドや北米、ヨーロッパでは、「それは、不自然なことだ」と言って、出産に立ち合わない牧場が多い。

 そもそも出産というのは、とても神経質になる瞬間であるから、種の違う人間などが立ち合っては、馬に余計なストレスを与えてしまうのだ。かえって難産にもなる。

 草食動物の出産は、常に捕食動物からの危険にさらされることから、母親としては、こっそりと産み落としたい。

 げじげじ髭のボスなどは、そういった野生の遺伝子に組み込まれた心情を尊重したいと思っているのだ。

 だから、この二頭の子馬たちは、人間の立会いのもとに生まれていないし、産み落とされてからも、ずっと母馬に任せきりにしていた。