日本人が作った森 「明治神宮」 後編

朝、昼、夕、参道に落ちた葉はていねいに掃き集められ、木々の根元にまかれる。明治神宮の森が豊かなのは、こうした森を守る人々の日々の営みがあるからだ。 写真:TOMO HASEGAWA(クリックで拡大)

 1920(大正9)年11月、日本全国から集められた10万本もの献木の植栽工事がほぼ終了し、鎮座祭が行われた。造営に従事した勤労奉仕者の数は延べ11万人。まさに国を挙げての大事業だった。それから90年、当初の想定より早く、明治神宮の森は完成期(第4段階)の入り口まできている。

 「森づくりを始めて数年後には、想定したよりも樹木の育ちがいいので、森の完成も早いとみていたようですね。やはり土地に合った樹種の選択と、森の育て方、守り方がよかったのでしょう」。沖沢さんがこう語るように、「明治神宮御境内林苑計画」に記されている森の管理方法を、後代の管理者たちは忠実に守ってきたという。

今こそ先人に学ぶ時

20年以上にわたって明治神宮の森の生態研究に携わってきた宇都宮大学名誉教授の谷本丈夫氏は、この森をどのように評価しているのだろうか。

 「土地や気候に合わせ、自然に逆らわずにやっていくのが林学の基本です。明治神宮の森づくりは、どういう森をどういう目的でつくるのかという明確なビジョンがあった。加えて、現在でも通用する植生遷移の考え方をもとに、緻密な植栽計画と、100年先を見た樹林構成のモデルを描いている。目先の利便性だけを追求してきた戦後の日本の林業のあり方を、この森が痛烈に批判しているように見えます」