研究室配属を決める前の京都大学農学部水産学科3回生の同級生達とボク(矢印)。舞鶴実験所にある緑洋丸に乗って実習中の一コマ。
(提供:高井研)

教授室に入ると、「オマエ、うちのラボに来るんやろうな。もう逃げられへんぞ!」と早速、一喝された。まるで悪徳金融業者のような見事な手管だ。

「オマエ、成績は・・・、ふーん、見かけによらず、まあまあ優秀やな。でも成績はどうでもええわ。オレはオマエの運動能力に惚れたんや。勝ちたいんや! これで今年から、研究室対抗ソフトボールも野球も安泰や」

そうなのである。ボクは小学校の時はプロ野球選手、中学校の時はプロテニスプレーヤー、高校の時はサッカー高校選手権国立競技場を目指していたほどスポーツ少年だった。運動が苦手な学生の多い京都大学では、かなり運動が「デキル」学生だったのだ。

実際3回生のときに学科対抗ソフトボール大会で、「水産学科代表チーム」に選出され1番ライトで打率9割を超える俊足好打好守の「イチロー」(当時はイチローはデビューしてなかったのでシノズカと呼ばれていた)のような選手だった。大会は3連覇を達成した。

ちなみに「巨大翼竜は飛べたのか――スケールと行動の動物学 」(平凡社新書)や「ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ──ハイテク海洋動物学への招待」(光文社新書)の著者である佐藤克文東京大学大気海洋研究所、国際沿岸大気海洋研究センター准教授※は、ボクの2年先輩で俊足好打好守のセンターであった。水産学科サッカー代表チームではキャプテンを務めていた。研究しろや、オマエら!!

「もうすぐ研究室の野球のキャンプインがあるから、参加せえよ。でも今日は、違う話や。オマエ、海外留学したないか?」

※佐藤克文さんは 2009年にナショナルジオグラフィック協会のEmerging Explorerに選ばれているほか、Webナショジオ「『研究室』に行ってみた!」の極地研・渡辺佑基さんの回にも紹介されています。佐藤研究室のホームページはこちら

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