第2話  JAMSTECへの道 前編

その1  東京地検特捜部か、ノーベル賞か

「ぜひ、毒ウイルスの研究をやりたいです」と即座にボクが言うと、左子先生はちょっと寂しそうに「えー、毒の方がいいの? でも、超好熱菌っておもしろいんだよ。キミは深海熱水噴出孔って知ってる? 温泉の温度は高くても120℃くらいだけど、水深2500mの深海になると水圧がかかって350℃くらいの熱水が噴いているんだよ。そういうところに超好熱菌という微生物が生息していてね。そいつらのタンパク質は、沸騰するお湯の中でも変成せずに働くんだよ。すごいと思わない? さらに、そういう超好熱菌はね、地球上最古の生命と考えられているんだよ。そいつらの生命活動の仕組みがわかると生命の起源の謎が解き明かせるかもしれないんだよ。でね、実はここだけの話、最近三菱重工業が、水深6500mまで潜れる「しんかい6500」という有人潜水艇を造ったんだよ。それがね、ジャ、ジャム、ステックっていう横須賀の研究所にあってね。ボクはそこに顔が利くから、もしかすると超好熱菌の研究をしているとその有人潜水艇に乗れるかもしれないよ」とまくし立てた。

これがボクとJAMSTECのホントに最初で最初の出会いだった。深海、350℃の熱水、超好熱菌、生命の起源、しんかい6500、そしてジャムステックとかいう正体不明の研究所。そしてそれを話す左子先生の嬉しそうな表情と情熱に溢れた話は、今でも鮮明に覚えている。「研究が大好きで情熱を傾けるテーマを持った研究者って、こんなに眼が輝いていて、嬉しそうに話す姿が可愛らしくてカッコええもんなんやな」とちょっと驚いたのだ。

でもボクはそんな左子先生のアツーイ情熱を華麗にスルーして、「時代は分子生物学なんで。毒ウイルスの研究がいいです」とまたしても間髪入れずに答えた。

左子先生は「わかった。とりあえず、毒ウイルスの研究をやっている先輩を紹介するから、話を聞いてきなさい。そして、もう一度よく考えてみよう。一週間後にもう一度話し合って研究テーマを決めよう」と優しい英国紳士のような対応をしてくれたのだ。

つづく(次回「深海か、毒か」)



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高井 研

高井 研(たかい けん)

1969年京都府生まれ。京都大学農学部の水産学科で微生物の研究を始め、1997年に海洋研究開発機構(JAMSTEC)の研究者に。現在は、同機構、深海・地殻内生物圏研究プログラムのディレクターおよび、プレカンブリアンエコシステムラボラトリーユニットリーダー。2012年9月よりJAXA宇宙科学研究所客員教授を兼任。著書に『生命はなぜ生まれたのか――地球生物の起源の謎に迫る』(幻冬舎新書)など。本誌2011年2月号「人物ファイル」にも登場した。