第2話  JAMSTECへの道 前編

その1  東京地検特捜部か、ノーベル賞か

そんな短絡マル出しの過去を持つボクは、配属研究室を決めるにあたり、既に壮大な「ノーベル賞受賞への道」戦略を練り上げていた。「ノーベル賞をとる生物系の研究者になるためには、利根川進よ、分子生物学よ、そらそうよ」。(注:利根川進博士=日本人初であり唯一のノーベル医学・生理学賞受賞者。私が高校生のとき最も感銘を受けたニュース第2位にあたる。第1位は阪神タイガース日本一)

我が京都大学農学部水産学科で、分子生物学っぽい研究(つまりDNAと大腸菌を扱いそうな研究)をやっていたのは、水産微生物学研究室ぐらいしかなかった。それは3回生の専門課程の段階で、あっさりわかっていたので、ボクの進路は既に決まっていた。そしてその研究室の教授、助教授、助手に、研究室ドラフト「逆指名」していたのだった。

そんなドラフトを控えた2月のある日の夕方、学部生居室というタコ部屋の卓球台でへんちくりんなサーブを練習していると、意中の研究室である水産微生物学研究室の石田祐三郎教授がひょっこり顔を出した。

「おう、タカイ!オマエ、うちのラボに来るよな。ちょうどええトコにいた。今から教授室に来いや」

うちの学科の豪腕教授と噂される石田先生に呼び出しを食らって、ボクはかなりビビった。「さらわれて、どこか瀬戸内海あたりの研究所に売り飛ばされるんじゃないか」と若干おしっこをちびりそうになったのは秘密だ。